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安東市…この度の日韓首脳会議が開催された場所として注目されています。 安東、そして河回村(ハフェマウル)…私にとって忘れられない街のひとつです。 22歳になる年の春、初めて韓国を旅しました。相棒は赤い自転車。約一月かけて韓国の各地を巡りました。 その旅の途中、安東に一泊しました。午後、早めに到着し、安旅館に荷物を降ろし一息ついた時、明日が日曜日であることに気付きました。長い旅をしていると曜日の感覚が消えてゆくのです。 既に手持ちのウォン(韓国通貨)が殆ど無く、宿に着いてから銀行へ行こうと思っていました。でも…土曜日は午後から窓口が閉まる! 慌て銀行に行ったものの案の定、シャッターが降りています。これでは宿代が払えない。週末をしのぐ飯代も足らない…。銀行の裏口にまわり、ダメもとで職員に事情を話しました。 最初に対応してくれた職員は、規則だからムリだと言われました。当然でしょう。私達のやりとりを見ていた若い男性職員が口を開きました。 「少額なら僕が個人的に両替してやる?いくら欲しいんだ?」 私は5000円札の両替をお願いしました。彼は電卓を叩き 「今のレートならこうなる。これは銀行のカネじゃない。俺のポケットから出す金だ。」 端数は繰り上げて少し多めに渡してくれました。旅の話をした後、深々の頭を下げて銀行を後にしました。 安東の夜。町の小さな食堂で簡素な夕食を済ませ、静かで薄暗い町をぶらつきました。翌朝、無事に宿代を払い河回村を見学し次の町を目指せたのは彼のおかげです ATMやコンビニの無かった時代。不便はあったけど、国内外問わず「困った時はお互い様」みたいな空気があった気がします。人情って言い換えても良いのかも。 僅かな情報と嗅覚を頼りに旅した時代の出来事。彼もきっと、ボサボサ頭で駆け込んで来た日本の青年を覚えてるんじゃないかな。 감사합니다! ![]() #
by cr80b1
| 2026-05-20 07:45
終業後、西に向かって家路を辿り始めると…三日月、金星、木星が整列してました。だからどうなの?と言われると何も言えないけど、神秘や美を感じて暫く夜空を仰ぎました。 ラインで友人Sさんに報告すると、 「同じ感性を持つ友達がいて嬉しい」 との返信。私も嬉しい!誰かと何かを分かち合えるってのは良いものですね。 目に見えるもの、見えないもの。感動、喜び、悲しみ、そして時には怒りも…。誰かと何かを分かち合いながら歩む人生でありたい、と感じた夜でした。 ![]() #
by cr80b1
| 2026-05-19 07:39
昨日の午前中は町内の掃除活動…。側溝を掃除して共同花壇の草取りをしました。しかし…暑い!五月なのに真夏日が連続しています。嘆いても仕方なし。こうなれば暑さに「便乗」すればよかろう!と原チャリで海水浴に行くことにしました。 母校の近く「沙美海岸」に行ってみましたが…浜辺で遊んだり釣りをしてる人ばかり。泳ぐ人の姿は見えませんでした。さすがにハズいので休憩の後、渋川海水浴場に移動…結構遠かった。 何人か泳いでるのを良いことに私も入水!想像してたより水温は低かったです。 暫く泳いだ後は裸足で砂浜を歩いたり走ったり…。これが想像以上に気持ち良かった! しかし…なんと言うか…。ブイの外ではジェットスキーの人達が走ってるんだけど、エンジンの音はともかく、船体にスピーカー付けてるのか派手な音楽を大音量で撒き散らしてる…。どうなのかなぁ。海は皆のもので、互いの立場や価値観を否定する筋合いは無いけど、ちょっと考えた方が良くね?って思いました。 とりあえず今日から新しい一週間!暑さに負けず前に進もう!Vamos! ![]() #
by cr80b1
| 2026-05-18 07:33
昨夜は久しぶりに悪い夢を見ました。「悪夢」と言うほど気持ち悪い夢ではありません。心地良くない…というレベルです。 どこかの街の広い公園を知人の男性と歩いていました。地面は芝生とかじゃなくコンクリート張り。風が吹き抜けたと感じた瞬間、私の側にいた彼が消えました。辺りを見回すと、それまで視界に入っていた筈の人々も全ていなくなってました。何が起きたのだろう?一人で佇み思考しているうちに目が覚めました。時計を見ると午前3時を少し回ったところ。ラジオは1980年の歌謡曲特集を放送していました。CMとかに使われてた曲もあって、当時のことを思い出しながら聴き入りました。眠くなったら眠ればいい。そのまま起きてても構わない。どうせ仕事は休みなんだから…。そんな心地で夜明けを待ちました。 当時13歳。中学1年生。勉強はしてなかったけど、部活には熱心に通ってた。その後アレやコレやで辞めてしまったけど…。 好きな人が出来た。友人たちと隠れて酒を飲んだ。(もう時効でしょう)、ゲーセンに通ってみた。音楽が心を代弁してくれた…。 美しいだけじゃない。でも悲しみばかりでもない。思春期に通る道って古今東西、そんなに変わらないんじゃないかな?と思います。 思えば一人で過ごした時間も多かったです。仲間とつるんでる時には感じられないある種の心地よさが有ったんだろう、と思います。うまく言えないけど。 実際に広い公園で突然「ぼっち」になったらどんな行動をするんだろう。とりあえずコンクリートでも良いから大の字に寝そべって空でも眺めてみましょうか。 「春尽や歌は記憶の糸を解く」by一成 ![]() #
by cr80b1
| 2026-05-17 08:42
今、生きていれば何歳になるんだろうなぁ…。私が結婚する頃、既に鬼籍に入っていたので、存命なら間違いなく国内最高齢の男性になっているでしょう。鬼籍なんて言えば「それは違うよ」と諭されるかもしれません。何故なら氏は敬虔なクリスチャンでしたから。 その人と私の間に血縁関係はありません。しかし様々な事情から、姻戚のあった神戸の叔母の家で一緒に生活していました。 高校に進学するまで私は学校が長期休みに入ると、いつも叔母の家に「居候」していました。一人でバスに乗って三ノ宮に出かけたり、犬と近所を散歩したり…。時々遊びに来る叔母の教え子(叔母は中学校の国語教師でした)と歓談して過ごしたものです。その家の中にある北向きで薄暗い一部屋が氏の空間でした。 叔母の談によると、氏の一族は戦時中、シンガボールで大農園を営み、相当羽振りのよい暮らしをしていたけど、終戦と共に全てを失い内地に引き上げて来たとのこと。以来、仕事らしい仕事はせず、読書と習字の中で人生を過ごした人だったらしい。私も机に向かって座る氏の背中をよく覚えています。 そんな氏も時には外出します。行き先が近所のスーパーであれ、三ノ宮のレストランであれ必ずスーツ姿でした。ラフな服装で玄関を出いてくのを見た記憶がありません。 中学に上がったばかりの頃だったと思います。三ノ宮の喫茶店に連れて行ってもらった時 「今日は孫を連れてきたよ」 と店員さんに私を紹介しました。孫じゃないんだけど…違和感を覚えながら頭を下げました。今、思えば氏にとって本当の孫はいなかった筈。私からすれば些か近寄りがたい老人でしたが、もう少し孫らしくしてあげた方が良かったのかな、と反省しています。 先日、金子光晴著「マレー印蘭紀行」の古本を入手しました。時代背景は昭和十年代の半ば。丁度、当時若かりし「神戸の爺さん」がマレー半島に暮らしていた頃に重なります。 晩年になってからも年に一度はシンガポールに出かけていました。恐らく年に一度は会いたい、と思える朋友がいたのではないかと想像します。観光地や美食の魅力、ノスタルジーだけが氏の心を惹きつけたとは思えないので…。 「シンガポールに連れて行ってやろうか?」 何度も言われました。当時、小中学生の私はシンガポールが赤道に近くて暑い国であること以外の知識は無く、微塵の関心も持つことが出来ませんでした。今なら…連れて行って!と即答するのでしょうけど。 「神戸の爺さん」が若き日に見た景色、嗅いだ匂い、聞いた音を想像しながら本のページを捲っています。 因みにシンガポールは中国語で新加坡。ちょっと洒落て星洲と呼ぶこともありますが。日本や中国本土では見ることのできない南十字星への憧れも含めて、そう名付けられたのかも知れませんね。 ![]() #
by cr80b1
| 2026-05-16 09:19
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