今年の春より倉敷市内川崎医科大学付属病院で闘病生活を続けておりました母。今月に入って家の近所、市立妹尾病院で療養を続けておりましたが去る9月11日、病状が急変し天国へと旅立ちました。
享年数え74歳。長寿社会の現代日本では少し惜しまれる齢ではありますが、多くのお客様から慕われ、友人や趣味に恵まれ、楽しい時間や大きな感動も味わえた充実の生涯だったと思います。
通夜、告別式にも大勢の方が足をお運びくださり、私ども遺族親族一同、感謝の念に堪えません。
生前、故人に寄せてくださったご厚情、ご支援に深く感謝しております。有難うございました。
故人亡き後も変わらぬお付き合いをくださればと願っております。
これからもどうぞよろしくお願いします。
母は数えきれない多くの俳句も残してくれました。
四季の移ろいの中、鋭い感受性で心象を描写したものが多く、
触れる度に心を動かされます。そして在りし日々の姿
が思い浮かび、涙が止まりません。
今少し心落ち着いてきたら、形に纏めてあげたいと思うのですが・・・。
生涯を 炎天直下 塩の花
ため息に 色あらば白 落椿
あのころは よかったですね 走馬灯
何はともあれ、とりあえず前を向いて。
母への想い、思い出も少しづつ綴ってゆけたらと思っています。
ありがとう、母さん。