地元の通称、南の町踏切近くにある題目石。一天四海皆帰妙法・・・と刻まれています。
駅の方角から西に向かって歩いていると裏側?に刻まれた年号も読み取れます。
「天保二年辛卯」。ちなみに下二文字は「かのとう」と読みます(干支のひとつ)。西暦に換算すると・・・1831年。今から約190年ほど前です。
いつもの様に当時の出来事をググってみると検索結果に麦焼酎のページが並びます。
同名の商品があるんですね。宮崎の酒造会社。天保二年のご創業とか。
それはそれとして・・・。
当時の時代背景は伊勢神宮へのお蔭参りが大流行し、大阪では安治川の浚渫工事が行われその土砂で現在の天保山が造られた年。
同じ時代を生きた人は、千葉周作37歳、遠山金四郎38歳、緒方洪庵21歳・・・。そして鼠小僧次郎吉の亡くなる前年とのこと。夜明け前の我が国。その時代に生涯を送りたいとは思いませんが、つかの間のタイムスリップが許されるのならば是非その空気を吸い、匂いを嗅いでみたいものです。
尚、ここの交差点・・・。消防車のハンドルを握る消防団員にとっては或る意味「関所」でもあります。北から東へ切り替えしせずに曲がれるかどうかが腕の見せ所です(笑)。