昨日、「我が国」の総理より日本全国、非常事態宣言の解除が発表されました。ウィルスが消滅したわけではないので一気に生活パターンが変化して元どおりの生活が戻ってくるとも思えませんが、今まで自粛のダメージを受け続けた業界の方々は明るいもの感じられていることでしょう。
私の商売も、影響が無いといえば嘘になります。オンシーズンと思いっきり重なったこともあり国や自治体からの給付金を申請出来る程度にはマイナスを背負う結果となりました。
しかし、欲を言えばキリがなし。家賃も要らない、従業員もいない小商いのメリットを生かしながら乗り切り、これからに備えたいと思っています。
さて、、、。以前から気になってたことですが。
総理以下、日本のお偉方が頻繁に発せられる「我が国では云々、、、」
という表現について。昨日も演説の中で何度も耳にしましたが、「我々の国」という方が適切ではないかと思うのです。
民主主義国は誰か1人の所有物ではありません。国家元首とは言え我が国という言葉を無意識に使い、その点に関して国民が違和感も感じなくなっていることに一抹の不安さえ感じるのですが考えすぎでしょうか。
因みに朝鮮、ハングル語では会話の中で「ウリ」という言葉をよく使います。ウリナラ(私達の国)、ウリハッキョ(私達の学校)、ウリフェサ(私達の会社)、ウリマウル(私達の村)、、、。ウリは英語のourと同意。myに相当するのはネ、チェなど。複数の人を相手に話す際にネやチェを使うことは、どうも感覚的に合わない気がします。
中国語でも政治家が発する談話の中に一人称の人称代名詞が使われることは、ほぼ無いと言えます。私は我「ウォ」であり私達は我們「ウォーメン」。ウォーメンディグオジャー、私達の国、、、なのです。
かの米国の親分も然り。2月の演説の文面に目を通しましたが、。あくまでweでありourでありusなのです。例えば、、、
Tonight, I want to talk about what kind of future we are going to have, and what kind of a nation we are going to be. All of us, together, as one team, one people, and one American family can do anything.
コロナ禍を過ごす中で学んだことは少なくありません。その中に「謙虚である」ことの大切さも含まれるかと思います。他人を思いやる気持ち。自分だけの為ではなく、他人のことを考えながら判断し行動すること。we あればこその「I」であることを忘れないように心がけたいものです。
今日の弁当は先日に続き、カップヌードルチャーハン。今回はシーフード味を使ってみました。ネギが無かったのはチト残念(´-`).。oO